2020年4月12日日曜日

【先行公開】新型コロナウイルス感染症(COVID-19)-臨床症状から治療薬候補まで

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)-臨床症状から治療薬候補まで
忽那賢志(国立国際医療研究センター 国際感染症センター)
 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、医学のあゆみ273巻6号(5月9日発行)に掲載予定の論文を先行公開します。
 引用に際しては「忽那賢志.新型コロナウイルス感染症(COVID-19) -臨床症状から治療薬候補まで.医学のあゆみ 2020;273(6):i-v.」と表記ください。
 公開予定期間:2020年4月8日~2020年6月30日

病原体

 2002年、中国広東省に端を発したSARS(重症急性呼吸器症候群)は、コウモリ(あるいはハクビシン)のコロナウイルスがヒトに感染したと考えられ、ヒト-ヒト感染を起こすことで8,096人の感染者と774人の死者を出した(致死率9.6%)[1]。また2012年には、中東でMERS(中東呼吸器症候群)が報告され[2]、リザーバーはコウモリとヒトコブラクダであり、主にヒトコブラクダからヒトに感染する感染症であることが判明した[3]。MERSは2020年3月時点で2,494人の感染者と858人の死者が報告されている(致死率34.4%)。このように、動物(とくにコウモリ)の保有するコロナウイルスがヒトに感染し、そこからヒト-ヒト感染が起こることでヒトでの流行が起こるコロナウイルス感染症が、これまでに2つの病原体において知られていた。
 そして2019年12月、中国の湖北省武漢市で発生した原因不明の肺炎は、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が原因であることが判明した[4]。コロナウイルスのなかではSARS-CoVと同じベータコロナウイルスという亜属に分類される(図1)。受容体結合遺伝子領域の構造は、SARS-CoVの構造と非常によく似ており、細胞侵入に同じACE-2受容体を使用することが示唆されている。
図1 新型コロナウイルス感染症の典型的な経過
図1 新型コロナウイルス感染症の典型的な経過

疫学

 2020年4月6日現在、世界中で113万3,758人の感染者が報告されており、このうちヨーロッパでの感染者が62万1,407人を占めている[5]。日本では4月6日時点で患者2,239例(国内事例2,205例、チャーター便帰国者事例11例、空港検疫23例)、無症状病原体保有者324例(国内事例278例、チャーター便帰国者事例4例、空港検疫42例)、陽性確定で症状の有無を確認中の者708例(国内事例708例)の感染者が報告されている(厚生労働省結核感染症課「国内の現在の状況について」)(図2)。都道府県別の発生状況としては、東京都、大阪府、愛知県、北海道、千葉県、兵庫県、神奈川県、埼玉県など都市部での感染者が7割以上を占めている。
図2 年齢別にみた新型コロナウイルス感染症の致死率
図2 年齢別にみた新型コロナウイルス感染症の致死率[10]

伝播様式

 流行初期の武漢市では海鮮市場の関係者が多かったことから、動物からヒトへの感染があったことが示唆されている[6]。しかし、現在の感染伝播は主にヒト-ヒト感染である。 現時点ではヒトからヒトへの伝播において不明な部分があるものの、接触感染および飛沫感染による伝播が主体と考えられている。便[7]や唾液[8]からもウイルスが検出されているものの、感染伝播にどれくらい寄与しているのか現時点では明らかではない。

臨床症状

 潜伏期は14日以内であり、多くの症例が曝露からおおむね5日で発症する[9,10]。
 多くの有症状者で発熱、呼吸器症状(咳嗽、咽頭痛)、頭痛、倦怠感などの症状がみられる。鼻汁や鼻閉の頻度は低いと考えられる[10]。下痢や嘔吐などの消化器症状の頻度は多くの報告で10%未満でありSARSやMERSよりも少ないと考えられる。臨床症状はインフルエンザや感冒に似ているが、一部の患者で嗅覚異常・味覚異常を訴える患者が存在する。Giacomelliらによれば、88人のCOVID-19患者のうち問診可能であった59人を調査したところ、33.9%に嗅覚または味覚障害のいずれかがあり、18.6%は嗅覚障害および味覚障害のいずれも認めたという[11]。インフルエンザ様症状に加えて、嗅覚異常・味覚異常があれば、新型コロナウイルス感染症の可能性が高くなるかもしれない。
 重症化のリスクファクターとして、高齢者、基礎疾患(心血管疾患、糖尿病、悪性腫瘍、慢性呼吸器疾患など)が知られている[10,12]。
図3 基礎疾患ごとにみた新型コロナウイルス感染症の致死率
図3 基礎疾患ごとにみた新型コロナウイルス感染症の致死率[10]

検査・診断

 日本ではPCR検査でSARS-CoV-2を検出することで診断するのが一般的である。
 3月6日からはSARS-CoV-2のPCR検査が保険適用となり、全国約800の医療機関の帰国者・接触者外来において医師が新型コロナウイルス感染症を疑った場合に算定できることとなった。

治療

 CDC、WHOがそれぞれ治療指針を示しているが、基本は適切な感染対策を行いながら支持療法を行うことである[13,14]。中国での1,099例の報告では症例の58%に点滴抗菌薬、35.8%にオセルタミビル、2.8%に抗真菌薬、18.6%にグルココルチコイドが投与されている[10]。また41.3%に酸素投与が、6.1%に人工呼吸管理(侵襲性2.3%、非侵襲性5.1%)、0.8%で腎代替療法が行われており、0.5%でECMO (extra-corporeal membrane oxygenation;体外式膜型人工肺)が使用されている。全体の5%が集中治療室に入室している。
 現時点で新型コロナウイルス感染症に有効な治療薬は存在しない。しかし、いくつかの治療薬が候補として挙がっている(表1)。
表1 新型コロナウイルス感染症の治療薬候補
表1 新型コロナウイルス感染症の治療薬候補(筆者作成)

感染対策

 医療従事者の感染を起こさないことは新型コロナウイルス感染症の診療のうえで最も大事なことのひとつである。中国の138例の報告では感染者の43%が病院内で感染した事例と考えられている[15]。その他のコロナウイルス感染症であるSARSやMERSも病院内感染症を起こしやすいことが知られており[16,17]、病院という閉鎖空間で、とくに患者と近距離で接する機会の多い医療従事者はリスクとなる。
 感染経路は接触感染および飛沫感染と考えられているが、エアロゾルが発生する状況では空気予防策が推奨される。国立感染症研究所と国立国際医療研究センター国際感染症センターから示されている「新型コロナウイルス感染症に対する感染管理」でもWHOと同様に、

Ⅰ 標準予防策に加え、接触、飛沫予防策を行う
Ⅱ 診察室および入院病床は個室が望ましい
Ⅲ 診察室および入院病床は陰圧室である必要はないが、十分換気する
Ⅳ エアロゾルが発生する可能性のある手技(たとえば気道吸引、気管内挿管、下気道検体採取) を実施する場合には、N95マスク(またはDS2など、それに準ずるマスク)、眼の防護具 (ゴーグルまたはフェイスシールド)、長袖ガウン、手袋を装着する
Ⅴ 患者の移動は医学的に必要な目的に限定する
 なお、職員(受付、案内係、警備員など)も標準予防策を遵守する。